イティハーサ

1万2千年前の古代の日本。
この頃はまだ人は神と接する事が出来た。
目にはみえない神々を信仰する村の少年の鷹野はある日捨て子を拾う。
その子はヨウコと名付けられ、鷹野の妹として育てられた。
それから7年後。
鷹野たちが暮らす村が目に見える邪神 威神の徒党に襲われる。
生き残った鷹野とヨウコ、そして彼らの兄のような存在の青比古は目に見える神 亞神の信徒に助けられる。
3人は威神と対峙する彼らと共に行動する事となる…。
神々と神、その信徒の戦いを描くSF大河ロマン。

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コメント

  1. user より:
    イティハーサ (7) (ハヤカワ文庫 JA (651))

    文庫版「イティハーサ」最終巻です。

    黄実花という存在は、お話のなかのアクセントぐらいに思っていたのですが、どうやら、そうではない様です。

    那智も、アオヒコも、確かに、黄実花の話をすごく重要視しているんですね。

    今回、気がついたのですが、アオヒコと桂のラストシーン。
    あのとき、セリフに書かれていない言葉。

    あのときに、なんて言うべきなのかを教えているのが、黄実花なんです。

    そういえば、アオヒコにしろ、一狼太にしろ、トオコにしろ、鷹野にしろ、「救い」を求めているキャラクターのなかで、黄実花は、あんまりその部分に必要を感じていないんですよね。
    (まあ、キョウジも、あんまり救いの必要を感じていないかも…)
    そういう意味では、とても自然体で、ニュートラルなキャラクターとして、設定されているのかもしれません。

    そういえば、亜神、威神(そして、目に見えぬ神々)の間で揺れ動くキャラクターたちのなかで、黄実花のみが、どの神にも属していないのでは?

    「この物語は、ファンタジーではなくて、SFとして完結しなければならない」

    みたいなことを確か水樹和佳子がインタビューで言っていたのを見た気がします。

    そのときは、そのSFの意味、こだわりがわからなかったのですが、人の心の動きという物語のなかに、もう1つ、大きな物語があるんだよという意味だったのかなぁ…というか、これは、水樹版「百億の昼と千億の夜」だとい宣言だったのかなぁと思います。

    うーむ。

    1つの物語が終わった。
    感慨深いものがありますね。

    ところで、わたしの持っている本ですが、初版で、誤植があります。

    それも、1番最初の口絵のページに(笑)

    「第4部 目に見える神々」

    ………。

    見えるんかい!

    新しい版は、修正されているようでした。

  2. user より:
    イティハーサ (7) (ハヤカワ文庫 JA (651))

    ついに最終巻。
    それにしても十何年も続いた漫画でこれだけ絵柄が当初の美しい絵のままなのは凄い。
  3. user より:
    イティハーサ (7) (ハヤカワ文庫 JA (651))

    学生時代に、母親が持っていた単行本を読んでハマり、このハヤカワ文庫版を自費で購入するにあたりました。

    神とはなにか、人とはなにか、名の持つ意味、目に見えるもの、目に見えないもの、本当に大切なものは?など、とても考えさせられた物語。

    壮大なスケールで、いまだに読み返す本の一冊です。

    セリフの一つ一つが印象的です。

    今の自分を構成していると言えるくらい影響を受けました。

    単なる少女マンガとは一線を画してます。

    最終巻。

  4. user より:
    イティハーサ (7) (ハヤカワ文庫 JA (651))

    この最終巻が一番よかった気がします。

    文庫版あとがきに、漫画家と編集者、雑誌についての作者の本音が書かれていて興味深かったです。
    こうしてはっきり実情?が書かれているのは珍しく、勇気があるなとも思いました。

  5. user より:
    イティハーサ (7) (ハヤカワ文庫 JA (651))

    この作品を読んだきっかけは学生時代の憧れのおりょうちゃん。
    今でも覚えているけど日本史の授業中にノートに書名と著者名を書いて薦めてくれたのだ。

    いつ終わるとも知れず連載されていたこの作品を、社会人になってからハードカバーで買っていたけれど、なかなか置いている書店もなくて(神保町のくせに…)いつ連載が終わったのかも知らなかった。
    紆余曲折があって、何故か元の版元ではなく、漫画出版社でもない早川文庫から出たのを機にようやく全部そろえて読んでみました。

    舞台は恐らく古代日本を思わせる架空の国で、まだ漢字も中国文化も伝わっていない。
    時期を前後して荻原規子さんの『空色勾玉』とかも書かれていたはずで、古代史ブームみたいなのもあったかなと思う。

    ストーリーの壮大さ、絵の繊細さが素晴らしくて、やっぱりあの時期の集英社「ぶーけ」は凄かった、懐が深かった。
    そういえば、内田善美さんも「ぶーけ」作家だったし。

    最終的に、この作品は少女マンガの枠内に収まらないと編集部に悪い意味で判断されてしまって、作家もかなりつらい思いをさせられたらしい。

    そんな事情は全くしらなかったけれど、それでもこの物語が完結して、多くの人に認められたことは本当に良かったと思う。

    でも、でも言わせてもらうと、『百億の昼と千億の夜』を思わせる終わり方過ぎないだろうか。
    同じ早川から出ているのだから、編集も作家もわかっているんだろうけど、でもやっぱりなあ。

    とても好きだし、最初から最後まで大好きだけど、うーん。
    うーん。

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